――葬儀の夜、弔問客に紛れてその男は居た。
「カイリ殿…?」
親族の誰もが男に気付かない。黒衣に身を包んだ人の群れの中に、一点の白。銀の髪は片側だけ刈り上げられた不思議な髪形をしていて、その瞳は黄金。額を飾る赤の神紋が彼の正体を顕わしていた。
「隼人の者がここで何をしている?」
「へぇ…驚いたな。俺が見えるとはなかなか良い眼をお持ちのようだ、海里くん」
男は口元だけで笑い、カイリの頭を撫でようとした。
「触らないで頂こうか!」
パシッとその手を打ち据え、男を睨みつける。
「唯里は俺に気付きもしなかったというのに…これも相性の成せる業なのかな?」
男はカイリの細い顎を指先で捉えると、顔を上に向かせる。まるで品定めをするようにじろじろと眺めた。
「陽の気のバランスが悪い…最近、喀血をしたな?肺に負の瘴気が見える…随分と黒々と…」
「…だから?それがどうだと――」
「今――お前に死なれては困る」
『死』という言葉をカイリはリアルに感じていた。占術――夢見による未来予知を行うカイリには、自らの命が長くはない事が判っていた。それを初対面のこの男は易々と見抜いた。
「ナオヒ殿が守ってきたこの家は、今のままでは確実に滅ぶ。肝心のナオヒ殿が亡くなられては、まさに時間の問題…」
「後継者は…ユイリィが居る。一人前にはまだほど遠いが――」
「そう、次期後継者は唯里以外にはない。だが、今の唯里にはその器に注がれるべき霊力がない。あの子の霊力は未だ神の庭に預けられているからな。その霊力も、今の唯里には過ぎた力…器の方が壊れるだろうよ」
うっとりとまるで壊れる事を楽しみにしているとでもいうような冷酷な笑みにカイリは不覚にもゾッとする。得体の知れない男だ。何も見えてこない。
「俺としては、まだこの国を食い散らかす鼠どもの掃除が終わりきってないんでね、もう少しお前には頑張ってもらわないと困るのさ」
「…政府の役人連中は確かにこの国を食い物にしている」
「そう。それが『神』の怒りに触れるとも知らずにな。キサラギはその政府と切れない関係だ。キサラギにも滅びへの道は用意されていた…だが、巫女は滅ぼすには惜しいと仰られた。だからこそ、唯里の力を取り上げ、枷を掛けた。例え、唯里が無能と罵られ、家名を落とそうともナオヒ殿は中庸の人物、キサラギが滅びぬ程度に上手くコントロール出来るものと思っていた。それが、こんな風に亡くなられては――」
男は父の死について何やら思う所があるらしい。かくいうカイリも父の死因が単なる病死とは俄かに信じられなかった。
「キサラギを救いたいだろう?」
「僕は…」
「キサラギが滅ばない道は唯里の当主就任が条件だ。だが、家名も守りたいのならお前が守るしかない。俺はその手助けをしてやっても良い」
低い声が耳元で響く。
「僕に…どうしろと?」
「死ぬな。唯里が一人で羽ばたけるその時まで死ぬことは許さない。お前は日々削られる命を少しでも永く繋ぎ止めろ。俺はお前の命を引き延ばしてやる。俺の仕事が終わるまでにキサラギに先に倒れられたら計画が丸潰れなものでね」
キサラギ家の衰退を隠れ蓑に、政府の力を削ぐ。それが男の目的だった。
「どうだ?『神子』とまで呼ばれるお前に出来ないとは言わせない」
「脅しですか?」
「共犯者にならないかと誘っているんだよ」
男は至極、冷たい微笑みを浮かべる。
「…その旨、承諾する」
カイリは唇を噛みながらも声を絞り出すようにして告げた。男は脅しではないと言ったが、これは充分な脅しだった。
「…なら、まずはその肺に堪った瘴気を祓ってやる」
「お前にそんな事が何故出来る?」
「海里くんは自分の力を過信しすぎる傾向にある。『癒しの力は奇跡』と言われるが、万能なものではない事は自分が一番知っているだろう?お前の肺に巣食う瘴気は負の瘴気、すなわち『死気』というものだ。これは『癒しの力』では祓えないよ。これを祓えるのは巫女の力を託された俺達『隼人衆』のみだ」
『樹霊祭』は一年の穢れを祓う神事、穢れには当然、『死気』も含まれる。それを執り行うのは巫女姫『陽姫』とそれに仕える『隼人衆』――。彼らは巫女の力を借り、代わりに破魔の太刀、破魔の弓などを振るう。すなわち彼らは『死気』をも浄化する事が可能なのだ。
「…場所を変えようか?俺はどこだって構わないけど、お前が辛いだろうからね」
「では、僕の部屋に…」
カイリは自室へ男を案内した。親族には体調が優れないので自室で休むと伝えた。葬儀は祖母が取りしきっている為、咎められはしなかった。自室を選んだ理由は、他の部屋よりは安全だと考えたからだ。男を部屋に招き入れると、部屋に結界を張った。外部からは侵入できないように、音さえ洩らさないように――。
「具体的に『祓う』とは、どのような方法で…」
「あぁ…部屋に連れて来られた時点で、お前の予想の範囲内だと思っていたんだが――」
カイリはフゥとため息をつく男を怪訝に見つめた。
「あのな、『房中術』って解るだろ?」
「房中術…――っ!」
口にした瞬間、カイリは明らかに動揺を見せた。
「子供には刺激が強いかな?」
「僕は…子供では…」
「それなら、文句はないな?」
男はカイリを引き寄せると、いとも簡単にその腕の中に収めてしまう。
「海里」
この男に眞名を呼ばれると何故か落ち着かない。この声で囁かれるたびに背筋に痺れるような感覚を伴う。
「ん…っ…く、はぁっ…」
唇を噛み締めて声を殺そうとする。だが、己の理性とは裏腹に、身体はその行為を享受する。
「俺達はよほど相性が良いらしい…もう、痛みより快感が勝っているだろう?」
ツーッとカイリの白い背中を指でなぞった。ビクリと跳ねる身体、その反応に男は満足した。
「黙れ…こ、殺してやる…。いつか、お前を…っ」
「その時はお前も道連れにしてやるから安心しな」
「はっ…ああっ…」
床に爪を立てて縋るが、耐えきれずに声をあげてしまう。
「海里――お前は俺の唯一の共犯者だ…」
耳元で囁かれる。
「共、犯…者…?」
「ああ…」
――深く響いたその声、繋がれた身体よりも深く、心を抉る。
夢すら見ずに眠っていたらしい。カイリは乱れた夜着を直そうとして、自らの身体に記された赤く色付く刻印に気付いた。
「――っ!」
袷を正して紙燭を点ける。夜明け前の薄明かりだったのがはっきりと部屋を照らした。男は煙草をふかしながらそこに座っていた。
「灰皿代わりに借りてるぞ」
男は硯を灰皿代わりに使用していた。
「お前…」
「今日は一日身体が辛いかもしれないが、お前の中の『死気』は消えたぞ」
言われて気がついた。確かに空気が軽く感じる。
「また、お前が『力』を使えば『死気』は蓄積されて行く。耐えられなくなる前に俺を呼べ」
「誰が…!」
「お前は呼ぶよ、海里」
男は穏やかに笑った。昨夜のあの酷薄な笑みとは全く違う印象を受ける。
「…名も知らぬ男をどうやって呼べと?」
男は煙草を硯に押し付けて火を消すと、外に面した廊下の戸を開き、振り返ってこう答えた。
「暁…暁の空牙だ」
「空牙…」
夜明けと共に男――クウガはカイリの元から去って行った。
――これが、二人の最初の交わりだった。
空海小説第1弾です☆
まさか「美しき世界」以上のBL展開を書く事になろうとは…。
『萌え』の力って恐ろしいね。